【作戦会議】

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智鶴視点


 お風呂からあがると、アキが部屋で布団を敷いて待っていた。
「深町のヤツ……!」
 わたしの顔を見るなり、やっぱり分かってしまったらしい。アキはわたしをギュッと抱きしめ、先ほど深町がちくりとした場所に同じように唇を這わせた。だけどアキの唇は深町と違い、ずいぶんと熱を帯びていて、そこからわたしの身体に甘いしびれをもたらした。
「んんっ……! アキ」
 自分の口から思ったよりも甘い響きがもれた。
「ちぃ、そんな声出すなよ。我慢がきかなくなるだろ」
 アキはわたしから顔をあげて、目があった。少し泣きそうな表情のアキに驚く。
「アキ……?」
「ちぃ、俺はものすごい臆病なんだ」
 アキは目を伏せている。
「ちぃのことが大好きで、今すぐにでも抱きたいけど……怖いんだ、ちぃに嫌われそうで」
「嫌わないよ?」
 アキはふるふると首を振る。
「俺はちぃが大学生になるまで、待つよ」
 大学生までという基準がよく分からなかったけど、確かにわたし、どこかでぼんやりそんなことを思っている。葵さんの言うわたしのわがままってこのことなの?
「アキはその、我慢しているの?」
「していない、と言ったら嘘になるけど……。でもまあ、どちらにしても、あいつらの命日を過ぎてからだな」
 パパとママの命日。
「深町のことはいいや。明日、いじめておく。ったく、あいつも最近、本性現しやがって困ったもんだ」
 と言うものの、アキと深町の付き合いは長いはずだから深町の本質は知っているはずだ。
「アキ、わたしも深町と一緒だよ?」
「知ってる。知ってるから惹かれたんだよ」
 アキの返答にびっくりする。
「な……えっ?」
「摂理は嫌いだし、まりちゃんも嫌いだけど、深町もちぃのことも好きなの」
 意味が分からない。
「ちぃのことが一番好き、というだけだよ」
 ボソッと呟くようにアキは言って、真っ赤になっている。それがかわいくて、さっきからずっと顔を伏せているアキの下にもぐりこんで顔を見る。
「アキ、大好き」
 わたしの言葉にますます赤くなっている。アキ、かわいいっ!
 しかし、アキの表情は次の瞬間、真顔になった。
「玄関横のごみ箱」
「はい?」
「靴」
 いきなりなにかと思った。なくなった靴か。
「前にもよくあったのか」
 まあ、いわゆる“いじめ”というものかもしれない。
 わたしには仲の良い友だちがいない。わたしの家庭環境もかなり影響しているけど、一番はわたしの性格だと思っている。クラスで一緒にはしゃいだり、おしゃべりする相手はいるけど、それ以上の間柄の人はいない。だから、わたしにとって彼方はとても貴重な存在で、気を許すことができる人。
 たぶん、明日学校に行くと、今日話しかけてくれた彼女はわたしを遠巻きに見るだけの人になる。わたしはそのことで彼女を責める気もないし、それでいいと思う。
「俺が出来ることは?」
 アキに言われてわたしは戸惑う。
「なにもしないで」
「分かった。なにか頼まれたら説教するところだった」
 アキ、意外に厳しいわ。
「靴、明日学校に行ったら救出してくれ。もったいない、まだ履ける」
「うん、ありがとう」
「もう一足、予備があるから明日はとりあえずそれを履いていって」
 アキの言葉に気持ちが軽くなった。うれしくて、以前、パパにしていたようにアキに抱きついた。アキは目を丸くしてびっくりした表情をしていたけど、目を細めて微笑んだ。

*★*???*★*???*★*

 次の日、じいの運転でアキと一緒に学校に行った。深町と彼方はすでに来ていて、アキは深町の車に乗って会社に向かった。わたしは彼方と一緒に教室へ向かった。途中、アキに言われた場所にあるごみ箱を覗いたら確かにわたしの靴が捨てられていて、アキってなんで分かるんだろう、と思いながら拾いあげた。靴の中に紙が入っていた。そこには“シネ”と書かれていて、わたしはその紙を一瞥して、ごみ箱に投げ入れた。なんだろう、このやるせない気持ち。
 教室へ行ってあいさつをしてもだれも返事をしない。わたしは馬鹿らしくて、ふっとみんなを笑った。
 席に座ろうとしたら、ごみが置かれていた。わたしはごみ箱を持ってきて片付けて、席についた。彼方はその一連のわたしの行動を見て、椅子に座ってなにも口を開かないわたしを見かねて口を開こうとした。わたしは彼方に手で制した。
「だって、智鶴ちゃん、これって」
「いいから。気が済むまでやらせたら? こんなことして、惨めになるのはだれだろうね?」
 わたしはうっすらと笑っている自分に気がついた。彼方はわたしのその笑みに気がつき、黙った。きっと、わたしはあの日のフラッシュの海を楽しそうに歩いていた真理さんと同じ表情をしている。クラスメイトたちはわたしの笑みに引いている。
 帰りの車の中で彼方に、
「智鶴ちゃん、やっぱり深町と血が繋がってるね」
 と言われた。嫌でもそれは分かっている。
 それからは特にいじめはされることはなかった。相変わらずクラスメイトたちは遠巻きに見ているだけだったけど。わたしはそれが以前と変わらない状態だったから、そう簡単に変わらないよね、と笑った。
 中間試験をむかえ、淡々と試験をこなした。試験最終日、例のCMが放送されはじめた。朝、わたしも珍しくテレビをつけて放送されたのを見ていた。
 わたしが見たのは教会挙式編。葵さんの素敵な演奏に『Happy?』の文字が浮かび上がり、わたしの後ろ姿。わたしは満面の笑みで振り返り、『Happy!』と表示され、ホテル名が映されるといういたってシンプルなもの。試写会ですでに見ていたけど、とても自分だとは思えない。
 クラスメイトのもれ聞こえてくる話にかなり反応がよいことが分かった。そしてだれひとりとしてあれがわたしだということに気がついていない。
「あのCMの子、かわいいけどだれなんだろう?」
「一切公表されてないらしいよ」
 公表したのは名前だけ。
「お姉ちゃんが気になって問い合わせしたらしいんだけど、なかなか繋がらなかったみたいよ」
 奈津美さんと蓮さん、大変そうだなあ。

*★*???*★*???*★*

 試験は無事、終了した。解放感にあふれたホームルーム前の教室のざわめきを聞くとはなしにわたしは聞いていた。わたしは机につっぷしていた。さすがに疲れた。
 遠くから黄色い声が聞こえてくる。なに、うるさいな。と思っていたら、そのざわめきはなんだか近づいてきているように感じた。ざわめきはこの教室の前で止まったようだった。
「智鶴、彼方」
 嫌でも聞き覚えのある声に、わたしは慌てて立ち上がる。
 そもそもアキ、まだ仕事中では?
「急いで準備しろ。先生の許可は取ってある」
 アキは周りの好奇の目に居心地悪そうにしていた。わたしは気の毒になり、急いで用意をして、アキのもとに駆け寄った。アキは品定めするように、たまに見せる獰猛な瞳で教室内にゆっくり視線を巡らし、一言。
「大人げないな」
 決して大きな声ではなかったけど、アキの低くていい声は教室の端まで届いていた。あんなにざわめいていた教室内が、しん、となった。わたしはその様子が面白くて、くすっと笑ってアキの腕を取った。
 駐車場には黒塗りのベンツが止まっていて、運転席には深町が座っていた。彼方が助手席に、わたしとアキは後部座席に乗り込む。
「仕事は?」
 乗り込むなり聞いた。
「仕事だから来た」
 アキの言葉にわたしは首をひねる。
「今日から放送はじまっただろう」
 朝、アキと一緒に見てきた。
「奈津美と蓮が悲鳴をあげていてな」
 深町の運転で奈津美さんと蓮さんのいる会社についた。深町は彼方を家に連れて帰ると言って、一旦ここで別れた。わたしとアキは会社に入り、エレベーターに乗った。ついたフロアは確かに電話が鳴りっぱなしのようだった。
「ちぃちゃん」
 奈津美さんがわたしとアキに気がついて、にこにことやってきた。
 奈津美さんと背の高い女の人が一緒だった。
「ごめんね、わざわざ来てもらって」
 わたしは首を横に振った。
「ああ、この子がCMの子?」
「うん、そう。ちぃちゃん」
 奈津美さんの紹介にわたしは苦笑する。
「あたし、山本美歌(やまもと みか)です、よろしくね」
 美歌さんはわたしに名刺を渡してくれた。秋孝にも同じように名刺を渡していた。アキも美歌さんに名刺を渡していた。
「おー、噂に聞く総帥候補!」
 美歌さんはアキの名刺を見て、にやりと笑う。少し奈津美さん系の人なのかな?
「向こうで必死に電話取ってくれてるのが、ヤマヤマコンビの山岸友也と山本貴史。山本さんは美歌のだんなさんね」
 奈津美さんの説明にアキは目を細め、
「奈津美」
 と一言ぼそり、とつぶやいた。
「あ、それ以上は言わないで」
 奈津美さんはほんの少しつらそうな表情でアキを見ている。なんだろう、今の表情は。アキも悲しそうな顔をして、奈津美さんを見ていた。
「会議室で話合いする時間がないから、申し訳ないけどそこでいいかな」
 少しスペースがあって、そこにテーブルとイスが用意されていて簡単な打ち合わせできる場所のようだった。
「ふたりはご飯、食べてきた?」
「はい」
 ここに来る途中、軽く食事は済ませてきた。
「私と蓮、お昼まだだから、申し訳ないけど食べながらでいい? さすがに電話に出ながらだと、食べられないのよね」
 奈津美さんはそう言ってお弁当を取り出し、打ち合わせスペースに持っていく。蓮さんも同じようなお弁当を取り出して、奈津美さんの隣に座る。
「今日のテレビ放送、見ました?」
 奈津美さんと蓮さんはお弁当を美味しそうに食べながら、打ち合わせを始めた。
「はい、教会挙式編しか見てないですけど」
「うん、今のところ、あのCMの問い合わせが最多。予約も何件か入っているらしいよ」
 奈津美さんの言葉に、わたしは驚いた。そ、そんなにすぐに効果がでるものなの?
「私、こういうお仕事初めてだから比較できないんだけど、これってすごいことなんだよね?」
 今まで黙って聞いていたアキが、口を開いた。
「そうだな。広告打ってすぐに反応が返ってくるのはすごいな」
 そうなんだ。
「電話が朝からずっと鳴りっぱなしで、通常業務が滞っていて大変なのよ。っても、通常業務自体は残念ながらそんな大したことないからいいんだけどさ」
「奈津美、あの話しないの?」
 美歌さんの言葉に奈津美はそうだね、とうなずいて、
「蓮、私の代わりにお願い」
 ほとんど食べ終わった蓮さんにバトンタッチ。
「智鶴ちゃんのプロフィールを教えてほしいって問い合わせが大半なんだけど、どこまで公表します? 当初は名前だけ、って話だったけど、こうまで問い合わせが多いと正直、どうしたものかと」
 蓮さんの言葉にアキは悩んでいるようだった。
「うーん……。こうしよう。名前以外に生年月日を公表しよう。それ以外は現在普通の現役高校生で学業優先のためそっとしておいてください、ってことにするか」
 アキの言葉に奈津美さんが笑いだす。
「あははは、秋孝さん、最高だわ!」
 奈津美さんの笑い声に、アキは少しムッとしている。
「なにがおかしいんだ。これでいいだろう?」
「うん、いいです。それでいいんじゃないかな」
 くすくす笑い続ける奈津美さんに蓮は苦笑して、
「さっき、オレと話をしていた内容とまったく一緒で奈津美はたぶん受けてるだけだから。秋孝の言葉がおかしいってわけじゃないよ」
 蓮さんのフォローに奈津美さんはうんうん、とうなずいている。
「いやぁ、認めたくないけど、秋孝さんとは気が合いそうだわ」
 ようやく笑いがおさまった奈津美さんはアキを見て、
「蓮を取らないって約束してくれたら、また一緒に仕事がしたいわ」
「取るとか取らないとかって意味がわからん」
 たぶん、この奈津美さんの一言がアキのある“計画”をより現実的なものにしたんだと……わたしは後から思い返してそう思った。
「だけどまあ、奈津美、その言葉、忘れるなよ?」
「次があればねー」
 けらけら笑っている奈津美さんをアキは睨みつけ、
「どうする? マスコミ向けにちぃの写真もいるか?」
「そうね。制服のままだとまずいから、秋孝さん、ちぃちゃんの写真を何枚かお願いできる?」
「わかった。帰ったら何枚か写真撮って明日までにはおまえたちの手元にネガと一緒に送っておくよ」
 それから少し話をして、わたしたちは会社を後にした。






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