『眠り王子─スウィーツ帝国の逆襲─』


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《第一話・出逢い編》十二*大団円



 結局、噂を流した人間は分からなかった。
 これまでも何度か琳子と二人に関する噂を流されていたが、どれも樹と悠太は当たり前だが、関わっていない。

「会社に噂を流したからって、琳子が付き合うというわけないのは分かっている。それに、そんなことをしたら、琳子に危険が及ぶから、するわけがないだろう」

 好き放題、傍若無人のやりたい放題にやっているようにみえて、それなりに考えてはいたようだ。そうでなければ琳子はもっと、かき回されていたことだろう。

「俺たちに不満があって、俺たちに対してなにかをしてくるのならともかく、どうにも相手のやり口が気に食わないな」

 不快な気持ちをあらわにして、樹は遠くをにらみつけた。

「今週中には決着をつける」
「それまで、琳子さんには迷惑をかけるかもしれないけど……。だけど、これだけは信じてほしい。ボクたちはなにがあっても琳子さんの味方だし、裏切らない」

 その言葉に、琳子は目をみはった。
 今までずっと欲していた言葉だったのだ。
 克浩は琳子に対して愛の言葉をささやいたのに、桃花を見て、すぐに裏切った。
 それは琳子を深く傷つけ、男はすべて裏切ると思い込んでしまう出来事。しかし、二人は桃花に対してもまったくなびかなかったし、噂によれば、樹と悠太は真面目に今までの女性関係を清算しているようだ。その反発と不満が琳子に向かって出てきているというところなのだろう。
 二人は本気だ。
 琳子は今、もう一度だけ男を信じてみようと思っていた。
 この二人なら、裏切らない。あの姉にだってなびかなかった。二人は琳子のことをきちんと考えてくれている。
 冗談なのか本気なのか分からないところもあるけれど、二人は琳子に対して真摯だ……と思う。
 今週を乗り切ればきっと大丈夫。
 琳子は自分に言い聞かせ、二人が部屋の前まで送ってくれることに恐縮しながら、二人との関係を前向きに考えることにした。

     ***

 イタリア料理のお店でやり取りをしてから数日。社内を流れる噂は徐々に下火になってきた様子で、琳子はほっとしていた。
 金曜日になり、このままなにごともなく終わりそうだと思っていたら……。
 終業間際、お手洗いでお局さまとばったりと会ってしまった。油断していたと思ったときはすでに遅かった。

「あんたっ、よくもアタシから樹と悠太を盗ったばかりか、恥をかかせてくれたわねっ」

 なんのことかさっぱり分からず、琳子は沙矢果を見た。
 琳子のその表情と態度が沙矢果はますます気に入らなかったようだ。顔を真っ赤にすると、ヒステリックに叫んだ。

「なんにも知りませんって顔をしてっ」

 沙矢果は掃除用具入れを開けるとホースを取り出し、蛇口をひねった。そして琳子に向かってホースの口を向けて水を掛けてきた。

「きゃっ」

 蛇口を全開にしたホースからは冷たい水が勢いよく出てきた。沙矢果はホースの口を押さえて勢いを強くしているため、琳子に当たる水はかなり痛い。

「溝部さん、やめてくださいっ」
「やめないわ。あの二人と別れるって言わない限り、やめないからっ!」

 別れるもなにも、付き合ってない。どちらかというと、あの二人が勝手に琳子にまとわりついているだけなのだ。
 きっとそのままを伝えても、沙矢果はますます怒りそうだ。
 沙矢果に落ち着いてもらうためにどう説明すればいいのだろうと考えるのだが、いい考えは浮かばない。

「溝部さん、痛いです!」
「アタシの心はもっと痛いわよ!」>

 沙矢果はホースを緩めない。琳子はすでに全身がびしょぬれだ。髪の毛から水は滴り落ち、ホースからは容赦なく水が打ちつけられている。床もかなり水浸しだ。

「やめてください!」

 琳子は沙矢果にやめるようにお願いするのだが、手を緩めない。

「あんたみたいなヤツがっ、あの二人に言い寄られていながら断るなんてっ」

 沙矢果の一言に琳子は呆然とした。

「アタシから二人を奪っておきながら、断るなんて! 生意気なのよ!」

 沙矢果はホースの口を琳子に向けたまま、涙をあふれさせていた。まさか沙矢果が泣くとは思っていなくて、琳子は呆然としてしまった。

「許せないわ!」

 沙矢果は泣きながら、琳子に水を浴びせ続けた。琳子はただ黙って、ホースの水を叩きつけられていることしかできなかった。
 そうしているうちに、ようやくトイレの異変に気がついたらしく、人が駆けつけてきた。

「白雪さん、溝部さん!」

 駆けつけた総務部の人は二人を見て、悲鳴を上げた。

「溝部さん、早く水を止めなさい!」
「こんな女なんて、こんな女なんて……!」

 沙矢果はしかし、水道を止めることはしなかった。結局、沙矢果は拘束されるまで琳子に水を浴びせ続けていた。

     ***

 事件を聞きつけた樹と悠太は、琳子の元へと駆けつけた。琳子はトイレから救出され、更衣室で私服に着替えて社長室で待機しているところだった。

「琳子!」
「琳子さん!」
「あの……ごめんなさい」

 うなだれている琳子を見て、樹と悠太は力なく首を振った。

「すまなかった、琳子!」

 樹は琳子に駆け寄り、抱きしめた。普段であれば樹の腕を振り払うところであったが、ずっと水を浴びせられていたため、かなり気力を奪われ、ぐったりしていたのでされるがままになっていた。

「悪いのは私みたいですから……」

 力なくいう琳子に、樹はさらに腕の力を込めた。

「琳子のせいじゃない。俺たちが悪いんだ」

 琳子はまた、先ほどより力強く首を振った。

「私が二人の思いをむげにしたから、溝部さんはそれが許せなかったみたいなんです」

 噂を流せば琳子が迷惑に思って二人に別れを告げると考えたらしい沙矢果は、なにかネタをつかもうと樹と悠太をつけていた。
 土曜日に二人が琳子の実家に行ったと知り、そして、夜遅くに三人で家から出てきたのを見て、挨拶に行ったのだと思ったという。そして、そのあたりにいた浮浪者に声をかけて金を渡して、琳子を襲うように仕向けた。

「はー、困りましたね」

 と本当に困っているのかといいたい口調で社長が入室してきた。琳子はあわてて樹の腕から逃れた。琳子は社長と話をするのは、初めてだ。

「今回の事件は、今までで一番、大きいですね」
「あはは、すみません……」

 樹と悠太は社長とすでに面識があるようだ。

「てっきり、キミたち二人が女性を取り合っているのかと思っていたのですが、予想外にその人にはまったく相手にされず。それだけでも愉快な出来事なのに、溝部くんがそれに対して怒り狂っていると聞いて、思わず笑ってしまいましたよ」

 どうやら社長の本心はこちららしい。

「今回の件はさすがに見過ごせませんでしたから、溝部くんにはきつく言っておきました。しばらくは大人しくしてくれているでしょう」

 しばらくでいいんかい! と琳子は思わず、心の中で突っ込みを入れる。

「キミが、白雪琳子くん」
「はい」

 琳子はソファから立ち上がり、社長をまっすぐ見据えた。

「これはまた、気が強そうなお嬢さんだ。宮王子くんが好きそうだ」
「そうそう。もろストライクゾーン」
「白雪くんもとんでもない男に目をつけられたものだ」
「社長、ボクだって琳子さんを狙ってるんだからね」
「ほう。珍しく宮王子くんとかぶっているのか」
「付き合いは長いけど、かぶるのは初めて」

 社長はそんな三人を見て、笑みを浮かべていた。

「今回の件は宮王子くんと中司くんの不手際ってことで、白雪くんになんら落ち度はない」
「あの……ですが」
「この二人はなにかと目立つのに、考えなしに突っ込むものだから、白雪くんに迷惑がかかったんだ。むしろ、被害者なのだから、この二人に怒ればいい」
「…………」

 琳子は戸惑いの表情を浮かべて社長を見て、樹と悠太を見た。

「宮王子くんと中司くんの二人には改めて処分を下すとして、今日は白雪くんも疲れただろう。美味しいものでも食べて、ゆっくり休みなさい」

 そういうと、社長は三人を部屋から追い出した。琳子としては怒られると覚悟していたのに特にお咎めもなく、拍子抜けしていた。

「とりあえずのお許しが出たから、飯でも食べに行くか」
「私……帰り」
「お詫びに、夕食をご馳走するから!」

 悠太に捕まり、琳子は諦めた。以前なら、全力で抵抗していただろう。大人しい琳子に対して、樹と悠太は顔を見合わせた。

「さて。なにがいいかな?」
「お寿司を食べに行こう!」
「お、いいね」

 三人はそろって、お寿司を食べに行くことにした。樹と悠太は気を使って、個室にしてくれた。
 二人が適当に注文してくれて、琳子は美味しく食べることができた。
 食べ終わり、樹と悠太はいつものように琳子を部屋の前まで送ってくれた。

「あの……ありがとうございました」

 琳子は二人に深くお辞儀をした。

「あの……琳子?」

 いつまで経っても頭を上げない琳子を疑問に思い、樹は嫌な予感に捕らわれる。
 今回のこの件で樹と悠太は思いっきり嫌われても仕方がない。もう付き合えませんと言われかねない。そんなことを言われたら嫌がる琳子を無理矢理組み敷いてやるとか思っているあたり、樹はある意味、懲りていない様子だ。

「今回……」

 琳子がそう言った瞬間、樹は琳子に抱きついて後ろにあるドアを開いて中に押し倒そうとした。琳子が鍵を開けているのは樹は確認済だ。

「樹、早まるな!」

 いつもならのんびりと高見の見物をしている悠太が珍しく途中で突っ込んできた。

「止めるな! 琳子に別れを告げられるくらいなら、ここで襲って……!」
「まっ、待って! 待ってったら、樹!」

 琳子に名前を呼ばれ、樹は動きを止めた。

「琳子……?」
「もう、きちんと最後まで聞いてください! 私、今回のことでびっくりしたし、呆れました」
「やっぱり、別れを告げるつもりなんだろう!」
「だから、最後まで聞いてっ!」

 琳子は樹に玄関に押し倒されたまま、口を開く。

「だけど、二人は私のことをきっちり見てくれました」

 樹は驚いた表情で琳子を見下ろしていた。その表情があまりにも間抜けで、琳子はおかしくなってきた。

「今まで、桃花姉さんになにもかも取られて行きました。私のことが好きと言ってくれた人も、私が勇気を出して告白した相手も、みんな、桃花姉さんになびきました。だけど、二人は違ってました」
「まあ……。琳子のお姉さんはきれいな人だけど、俺は琳子がいい」
「ボクも琳子さんがいいです」

 二人の言葉に、琳子の瞳は少し潤む。

「二人は目立つことを自覚しながらも私に対しての配慮が足りなくて、今回の騒動に繋がったと思うんです」
「う……痛いところを迷わずついてくるそのサディスティックさがたまらない」

 樹の軽口に琳子は少しだけ笑った。

「だけど、私、気がついてしまったんです」

 それと同時に、琳子の両目から涙があふれてきた。

「りっ、琳子っ?」

 まさか泣くとは思っていなくて、樹はあわてて琳子の上から降りると、抱き起こした。

「ごめんなさい……」

 琳子はうつむいて、目をこすった。

「泣くな。俺たちはいつだって琳子の味方だ。俺たちは琳子を裏切らない」

 その言葉に、琳子の涙はますます止まらなくなる。

「うー、ぎゃ、逆効果とか! 悠太、どうすればっ」
「ボ、ボクに振られても困りますっ」

 悠太はあわててポケットをまさぐり、ハンカチを取り出す。そして、やさしく琳子の涙をふき取った。

「泣くつもりはなかったんです、ごめんなさい……」

 琳子は深呼吸をして、顔を上げた。

「最初、もてる二人が私をからかっているだけだと思ったんです」
「そんなことない! 俺は最初から真面目だった!」
「ボクもそうですよ、最初から本気です」
「特にとりえがあるわけでもない」
「ある。比類なきサディスティックさ!」

 琳子は樹をにらみ、話を続けた。

「私は一人で生きていくと決めていたんです。それに、私に言い寄ってくる男はみんな、桃花姉さんを見たらそちらにいくんです」

 樹と悠太は無言で琳子を見た。

「でも、二人は違った。それに、二人と一緒にいると、楽しかったんです」
「俺も俺も! 琳子と一緒だと、すっごく楽しいんだ」
「ボクもです。だから……その」

 琳子は涙を拭き、樹と悠太を見た。
 そうして琳子は意を決して、口を開いた。

「だから私、樹と悠太と付き合ってみることにします」

 きっぱりと言い切る琳子に、樹と悠太は思わず、顔を見合す。

「え……?」
「マジで?」
「やっぱり……撤回しようかなぁ」

 琳子は二人から視線をそらし、そんなことを口にした。

「わー、待て! 撤回はさせないっ!」

 樹は琳子を抱きしめ、頬に手を当てて唇を重ねてきた。琳子は最初、驚いたものの、あわてて眼を閉じる。
 角度を変えて二・三度唇を合わせると、樹は離した。

「次はボクの番です」

 渋る樹から琳子を受け取り、悠太は琳子を抱きしめる。人差し指で琳子の唇をなぞり、唇の端からキスをしてきた。しかもそれだけではなく、舌で唇を割られ、中へと入り込んできた。琳子はあわてて悠太の肩を叩く。

「おまえっ、俺でさえまだディープしてないのに!」
「琳子のファーストキスを奪ったんだから、初めてのディープキスはオレがもらいっ」
「悠太、おまえはいきなりオレさまモードになるとかっ! 琳子、こいつはベッドでは思っているより激しいから気をつけろよ」
「ってなんでいきなりそんな話になるんですかっ!」
「どちらがいいか、試してみないことには分からないだろう!」
「だから、なんでそっち方面の話にっ!」

 琳子は真っ赤になって樹と悠太に抗議をした。

「一時期はどうなるかと思ったけど……」
「とりあえず、私はなにもかもが初心者なんですから、優しく」
「分かった。やさしくすれば今すぐベッドに連れ込んでもいいんだな?」
「ダメですっ! 私、まだ二人のことをよく知らないんですからっ! そそそそそれからでも、遅くないでしょ?」
「……琳子がそういうのなら、仕方がない」
「とりあえず、よろしくお願いします」

 琳子は照れくさそうに樹と悠太を見た。

《第一話・完》








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