《第二話・楽しいいちご狩り編》一*男同士で行ってなにが悪い!

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 土曜日の六時過ぎ。
 平日でもまだ眠っている時間、琳子のスマホがしつこく鳴り響いた。手探りでスマホを見つけてディスプレイを見ると、樹からだった。
 どうしてこんな朝っぱらから電話をかけてきているのだろうか。眠い目をこすりながら電話に出た。

『琳子、今からいいところに行こうぜ』
「……今、何時か分かってますか?」
『朝の六時過ぎ』

 樹は分かっていて掛けてきたようだ。
 琳子はせっかくの休みだから惰眠を貪ろうとしていたところを無理矢理起こされ、不機嫌だった。

『一時間後に車で迎えに行くから、着替えておいて』

 それだけ言うと樹は電話を切りそうになった。
 琳子は意味が分からなくてどういうことなのか聞こうとしたが、寝起きで混乱していたため電話口で慌てた。
 落ち着くために深呼吸をして、まずはどこに行くのかということを聞こうとしたら、電話の向こうでなにやらもめているような気配がした。

『琳子さん、おはようございます』

 先ほどまで樹が一方的に説明というよりは命令をしていたのだが、近くにいた悠太がしびれを切らして変わったようだ。いきなり声が変わって、琳子は戸惑う。
 寝起きの琳子は、樹に言われた言葉を理解できないままだった。それをフォローする形で悠太に変わったらしいのだが……。

『琳子さん、いちごは好きですか?』

 悠太の質問は琳子の混乱に拍車を掛けた。どうしてここにいちごが出てくるのだろうか。
 琳子は基本、甘いものは嫌いである。しかし果物は別で、その中でもいちごは別格だ。そして唯一食べられるお菓子は、大好きないちごが入っている実家の『白雪和菓子店』の看板商品であるいちご大福のみだ。

「いちご、大好きです!」

 寝起きのせいで警戒心がいつもより下がっている状態で聞かれたため、素直に答えてしまった。電話の向こうの悠太が戸惑っているのが電話越しでも分かる。

『そっ、それならよかった』

 ほっとした様子の悠太にいぶかしく思いつつ、琳子は口を開く。

「いちごがどうかしたんですか?」

 琳子の質問に対して、悠太から返ってきた答えは……。

     ***



 一時間後、琳子は車の後部座席に座っていた。運転は樹で、助手席には悠太が座っていた。
 電話で告げられたのは、いちご狩りに行こう、だった。
 金曜日の夜、琳子は樹と悠太の二人と付き合うと宣言したばかりである。数時間後にまさか、いちご狩りに行くことになるとは思いもしなかった。

「どうしていきなり、いちご狩りなんですか?」
「いきなりではないんだよ」

 悠太は身体をひねって助手席と運転席の隙間から身体を割り込ませ、後部座席に身を乗り出してきた。

「ぉわっ!」
「あ……。ごめん」

 悠太はすぐに気がついて、少しだけ後ろに下がった。

「毎年、親戚の家にいちご狩りに行ってるんだよ」
「……悠太も女の子を誘えばいいのに、なぜか俺を誘うんだよな」
「だって、親戚の家だよ? 毎年、違う女の子を連れてはいけないじゃないか」
「なら、一人で行けよ」
「男一人でいちご狩りなんて、ボクには無理だよ」
「男二人でいちご狩りの方がもっと気持ちが悪いだろう」
「えー。だってぇ。おばさんが樹のことを気に入っていて、連れてきてって言われるんだよ」

 住んでいる場所も隣同士だし、この二人は公私ともに仲がよいらしい。

「それにボク、車の運転ができないから」
「俺はおまえのアッシーかよ」
「アッシーっていう言い方、古いよね」
「うっさい」

 今、琳子が乗っているのは、黒いボディのミニバンだった。どうやらこの車は樹のものらしい。

「それにしても、一人が乗る車にしてはミニバンなんて大きくないですか?」

 車で迎えに行くと言われて想像していたのは、セダンタイプかスポーツカーだった。それがミニバンだったので、琳子は驚いていた。

「大きい車の方が、カーセックスしやすいだろう?」
「…………」

 琳子は樹に冷たい視線を向けた。

「なんなら今から、試してみる?」
「お断りします」
「冷たいのね」
「樹とも絶対、そんな関係になりませんからっ」
「ボクとも?」
「もちろん」

 琳子のきっぱりとした答えに、樹と悠太は苦笑した。

「好きになったら一つになりたいって思うようになるって!」
「好きじゃなくてもそういうことをしたい人に言われても……」

 樹と悠太は言葉に詰まったが、それでも果敢に反論する。

「それは過去のことだ。今は違うからなっ」

 そういえばと琳子は思い出す。
 樹と悠太は琳子と付き合うと決めて、女性関係を一掃したという。どうやらそれは本当のことのようだ。
 言い合いになりそうな雰囲気を察した悠太が仲介に入った。

「樹ががっつきすぎなのはいつものことだから、琳子さんもいちいち反応しない方がいいと思うよ」

 言われなくても分かっているのだが、つい反応をしてしまう。

「あー、それにしても、琳子さんところのいちご大福を食べ損なったのは残念だったなぁ」

 といいつつ、悠太はコンビニのビニール袋からなにかを取り出した。

「琳子さん、食べる?」

 琳子は軽く朝食は済ませてきていた。もしかしたら二人はまだなのかなと思って見ると……。
 悠太の手に、お菓子がたくさんあった。板チョコにマシュマロ、キャンディにクッキー……。甘いお菓子がこれでもか! と用意されていた。

「それ、悠太が全部、食べるの?」
「うん、そうだよ。だけど、琳子さんも遠慮しないで食べてね」
「私は……遠慮しておきます」

 断った琳子を少し残念そうに見て、しかし、悠太はすぐにうれしそうにお菓子に手を伸ばす。

「こいつは無類のスウィーツ好きなんだよ」
「樹だって、お菓子が好きじゃないか」
「人並みにね」

 お菓子を食べ始めた悠太を見て、琳子はそれだけでお腹がいっぱいになってきたような気がした。

「樹もなにか食べる?」
「俺もいいや」
「そう? つまんないなぁ」

 悠太はクッキーのパッケージを開けて美味しそうに食べている。
 さらにマシュマロに手を伸ばす。個包装されている袋を取り出し、縦に裂いて中から白い物体を取り出す。親指と人差し指で弾力を確認してから、口へと入れた。
 悠太はその調子でずっと、お菓子を食べ続けていた。

「琳子はいちご狩りは初めてか?」

 樹は眼鏡の縁に触れ、バックミラー越しに琳子を見た。普段は掛けていないが、運転の時だけ掛けるようだ。

「はい、初めてです」

 琳子は以前から、いちご狩りに行ってみたいとは思っていた。
 しかし実家は商売をしている関係で、家族そろってどこかに出掛けたというのは幼い頃から覚えがなかった。
 それでも祖母が健在な頃は、近場になら連れて行ってもらった覚えがあったが、亡くなってからはそれさえもなくなった。
 琳子も社会人になり、自分で稼ぐようになって旅行に出掛けることも出来るようになったのだが、元々がそれほどアクティブではないし、それまでもやったことがなかったのもあり、結局、土日はいつも家にこもって雑務をこなすか、出掛けるとしてもお買い物程度しかなかった。
 その中で寄席に出掛けるのが琳子の楽しみだった。

「じゃあ、俺たちは琳子の初体験に遭遇できたわけだ」

 どうあってもそちら方面に持っていきたいらしい樹に、琳子は再び白い目で見た。

「本当の初体験をいただきたい訳なんだが」
「それはきっと、樹でも悠太でもないと思います」
「つれないなぁ、ほんと」

 がっかりと肩を落としている樹を見て、付き合うと言ったのは間違いだったかなと琳子は思った。
 しかしとりあえず、一か月は様子を見てみよう。それからどうしても合わなければ、改めてお断りさせてもらえばいいだろう。琳子は自分に言い聞かせ、前を向いた。



「一つ確認したいんだが」
「はい、なんでしょうか」

 樹は前を向いたまま、琳子に質問をしてきた。

「琳子は車の運転、出来るのか?」
「一応は出来ますけど、最近は運転をしてませんから、実質、ペーパーですよ」
「それでも、免許を持っているのならいい。帰り、少しだけ運転をお願いしたい」
「え……。私、こんな大きな車、運転したことないですけど」
「大丈夫だ。俺が教える」

 とは言うが、琳子は自信がない。
 免許は学生時分に両親に言われて取った。お店の手伝いをするときにたまに運転をすることがあるからだ。

「ボクもやっぱり、免許を取りに行こうかなぁ」
「免許は運転しなくても、持っていたら便利ですよ」
「やっぱりそうだよね。……仕事を調整して、取りに行こうっと」
「ようやく、取りに行く気になったか」
「うん。ようやくね」

 樹と悠太はどうやら、性格が反対のようだ。お互いを補うような関係だからか、仲良くやっていけているらしい。

「あともう少しでつくぞ」

 樹は道路標識を見て、二人に告げた。

「今年のいちごの出来はかなりいいって聞いているから、楽しみだなあ。いっぱい食べるぞ」
「今、それだけお菓子を食べたのに、まだ食べる気なんですか?」

 琳子は思わず、悠太に聞く。

「うん、食べるよ。そのために来たんだもん」

 それならばお菓子は食べないでおけばいいのにと琳子は思うのだが、そんなことは関係ないらしい。

 車は高速道路を下り、一般道へと入った。それほど走らないうちに曲がり、舗装されていない道路に入った。車ががたがたと揺れる。
 このあたりは農家が多いようで、温室があちこちに見える。看板もたくさん立っていて、「観光農園」だの「いちご狩り!」「歓迎!」といった文字が見える。それを見ていると、琳子も自然とテンションが上がってきた。道の一番奥に到着して、樹はそこで車を止めた。

「さて、ついたぞ」

 三人は車から降りた。

「悠太くん、いらっしゃい!」

 悠太を呼ぶ声に三人は同時に同じ方向を見た。そこには、赤いエプロンをした女性が立っていた。

「おばさん、今年もよろしくお願いします!」

 悠太は満面の笑みで赤いエプロンをした女性を見た。

「あら、今年は三人で……しかも女の子? あらぁ、どういう風の吹き回し? あ、もしかして、どちらかの彼女?」

 女性の質問に悠太は笑みを浮かべ、自慢そうに答えた。

「ボクの彼女」
「いや、俺のだっ」

 悠太と樹がにらみ合っているのを見て、琳子は頭を抱えた。
 やっぱり付き合おうと思ったのは早計だったかもしれないと再び、後悔をした。
 琳子たちの反応を見て女性はなにを思ったのか笑みを浮かべ、琳子に視線を向けた。

「ようするに、二人が取り合ってるってことね」

 琳子は苦笑を浮かべ、未だに言い合っている二人を見て、女性にまっすぐ向いた。

「白雪琳子と申しまして、同じ会社の同僚です。今日はよろしくお願いします」

 女性は白雪、と聞いて驚いた表情をした。

「白雪って、和菓子を作ってるあの?」
「え……あ、はい。そうですが」

 まさか目の前に立つ女性が白雪和菓子店を知っているとは思わず、なぜか琳子はそこで狼狽してしまった。

「まあ、これは大変だわ。あなたー! 白雪さんがいらっしゃったわよ」

 女性の声に樹と悠太も言い合いをやめて、琳子の後ろに立った。

「もう、悠太くんったら、白雪さんところのお嬢さんがいらっしゃるのなら、一言伝えておいてよぉ」

 苦情に悠太は首をかしげ、女性をじっと見つめた。


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