【番外編】Happy Birthday(前編)

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※巡視点。
 長いので前・中・後編と分けました。
 下ネタが出てきますので、苦手な方はご注意ください。


 九月十日。この日はオレにとって、大切な日だ。

「ハッピーバースディ、奏乃」

 大好きな人が産まれた日。
 オレは部屋の隅でこっそりと一人、祝う。こうやるようになって、何度目だろう。

「巡くん、なにしてるのぉ?」
「うわっ」

 突然、オレの身体の上に重みが加わり、バランスを崩しそうになる。姉の円(まどか)が乗ってきた。

「なにって、別になんだっていいだろ」
「やっだー、巡くんってば、やらしー」
「うっさいな。健全な高校生つかまえて、なにがやらしーだっ! 襲うぞっ」

 オレの冗談の言葉に円はさらに乗っかってくる。胸元をはだけさせ、谷間を見せながら、

「あたし……初めてなの。優しくしてねん」

 わが姉ながら、馬鹿だ。男相手にいつもそうやって色気をばらまきまくってるから、やられ逃げばかりされるんだろ。

「……嘘つきだな」
「あーん、巡くんってば、家族相手とは、は・じ・め・て、だからぁ」
「初めてじゃなかったらおまえ、軽蔑するぞ」
「いやん、巡くんったらぁ、冷たいんだからぁ」

 ……男ならだれでもいいのかよ、こいつは。思わず、深いふかーいため息が漏れる。

「巡兄ちゃん」

 オレと円のところへ、邪気のなさそうな歳不相応にかわいらしい表情をした弟の輪(りん)が近寄ってきた。口元だけ見たら女の子なのではないのかと勘違いするような、さくらんぼみたいな張りと艶を持った唇に指をあてながら、輪は口を開いた。

「女の子ってどうやったら悦んでくれるのかな」

 をい、ちょっと待て。今、明らかに
「喜ぶ」
ではない方のニュアンスだったよな?

「って、おまえ、中学生のくせにっ」

 輪は天使のような笑みを浮かべ、腹黒いことを口にする。

「やだなぁ、巡兄ちゃん。女の子は僕に抱かれるために存在してるんだよ?」

 ……鬼畜過ぎる。こんなかわいい顔して、どうしてこんな性格になってしまったんだ。

「そこにいる色情魔に聞け。ただし、実践はなしだぞっ!」

 オレの上にのしかかっていた円はようやく降りてくれて、輪の腕にまとわりついている。そして輪の顔を見上げながら、

「巡くんってば、色情魔なんて言い方、ひどくない?」
「巡兄ちゃん、まだ経験がないからってやっかみだよねぇ?」

 うるせー、黙れっ。
 オレにはもう、心に決めた人がいるんだ。おまえらみたいにだれでもいいなんて無節操な貞操観念は持ってないっ!
 しかもこいつら、ちょっとばかし人より顔がいいからってそれを悪用してやりたい放題しているのだ。そう思ったら、頭が痛い。
 長女の環(たまき)と長男の周(しゅう)は普通なのに、どうして円と輪はこんなにも倫理観が薄いんだ。そのせいでオレは、妙に身持ちが堅くなってしまったというか、あいつのせいでというか……。

「……やりてー」

 オレのつぶやきに対し、輪と円は同時にツッコミを入れてくる。

「無理矢理、襲っちゃえばいいじゃん」
「そうそう。我慢は身体によくないよ?」

 ああ、この二人の前でつぶやいたのが間違いだったよ!

「出来るかよっ」
「もー、巡くんってば、見た目によらず、乙女なんだからぁ」
「そんなだから別の男に盗られちゃうんだよ」

 耳に痛い言葉だ。
 ああ、ほんっとにわれながら妙に乙女チックだと思っているよ。
 からかっていればあいつに触れることは出来るのに、いざとなると心臓が破裂しそうになって動けなくなる。あいつは人一倍鈍いから、好きだとはっきり言わないと分からないのは分かっているのに……。

「……言えねぇ」
「巡兄ちゃん、上手な襲い方を教えてあげるよ?」

 輪はいい笑みを浮かべ、恐ろしいことを平気で口にする。オレ、女じゃなくてよかった!

「ってか、輪! もしも奏乃に手ぇ出したら、あそこちょん切って八つ裂きにしてやるからな!」

 女ならだれだっていいという無節操さも持っているこいつだ。かわいい奏乃がこいつの毒牙にかかるなんて、耐えきれない。

「そんな恐ろしいこと、しないよ。僕だって、もっと『この子』と楽しみたいもの。だからね、コンドームは必須だよ?」

 輪は微笑み、自分の股間を示しながらポケットから色とりどりのコンドームを取り出してオレに見せる。

「輪くん、かわいいの持ってるじゃない。あたしにもちょっとちょうだいっ」
「うん、いいよ。この間試して……これが良かったなぁ」
「へー、こんなのがあるんだぁ」

 そんな二人に殺意を覚える。
 人知れずに闇に葬れる能力を持っていたら、オレは一番に輪と円に力をふるうな。
 ……高校生にもなって未だに厨二病って、どうにかしているよな。

「おまえら二人と血が繋がっているかと思うと、オレ、憂鬱になる」
「うふふ、『人の振り見て我が振り直せ』って言うでしょ」
「おまえが言うなっ!」
「巡兄ちゃんは僕たちのようになったらダメだよぉ?」
「なるかっ! 一緒にするな!」

 思わず、怒鳴りつける。興奮のあまり、肩で息をしてしまう。

「巡兄ちゃんも貧乏くじを引いたもんだよねぇ。よりによって、一番大変そうな子を好きになるなんて」
「でもまあ、ふわふわしててかわいいわよね」
「僕はどちらかというと、もっと大人しい子が好きだなぁ。そういう子を調教して淫乱な女にするのが最近、楽しくて。僕の前でだけ、欲望に忠実なんだよ?」

 黙れ、鬼畜中学生っ!
 オレは円と輪の頭をはたき、立ち上がる。

「皆本家の恥めっ」
「やーね、負け犬の遠吠え。人生、楽しんだ者が勝ちよ」

 オレは今、充分に楽しんでいる。基準をおまえらと一緒にするなっ!

「お風呂、上がったわよ。次、だれが入るの?」

 環の声にオレは手を上げる。

「オレが入る」
「じゃあ、巡兄ちゃん、一緒に」
「冗談じゃねえ。一人で入るっ」

 立ち上がった輪に蹴りを入る。

「巡兄ちゃん、相変わらず的確な蹴り……」

 輪がもんどり打っているのを尻目に、オレは慌てて風呂場に向かう。家には安らぎがない。オレは素早く風呂に入り、勉強をすることにした。

     ◎◎◎◎◎

 奏乃との出逢いは、中学校だった。
 しかし、小学校の時から実は奏乃のことは知っていた。
 町内会の行事だったと思う。それがなにだったか思い出せないのだが、女の子が一人、道の端に突っ立ってぼんやりとしていた。どうしてこんなところにいるのかといぶかしく思い近寄ってみると、地面の上にお菓子が散乱していた。女の子はじっとそれを見つめていたのだ。
『どうしたんだ、それ?』
 オレの問いかけに女の子は顔を上げ、こちらを見た。
 その顔は泥だらけで、さらにはぼさぼさになった肩くらいの長さの髪の毛にも泥がついていた。着ている服も思いっきり泥まみれだし、手足も泥だらけ。スカートからのぞく膝小僧もすりむけて、血がにじんでいた。
『えへへ、転けちゃった』
 女の子は照れ笑いを浮かべた。しゃがみ込み、転けたときにつぶしてしまったと思われるお菓子を拾い始めた。
『お菓子さん、ごめんね。痛かったよね』
 自分は泥だらけになってあちこちすりむいて血を流しているにもかかわらず、女の子はお菓子を気にしていた。
『お菓子なんていいから、傷の手当てをしろよ』
 ピントのずれた女の子にオレはなぜかいらだちを覚え、しゃがみ込んでいる腕を引っ張った。
『だってこの子たち、わたしのせいですっごく痛い目にあったんだよ? 拾ってあげないと、かわいそうだよ』
『そんなの、後でいいだろう。それよりも』
『後じゃ嫌なの!』
 思った以上に強い拒否の言葉にオレは驚く。
『かのー』
 そこに、女性の声が聞こえた。だれかを探しているようだ。その声は近くなり、オレたちのところにやってきた。
『奏乃、こんなところにいたの? まあ、どうして泥だらけになってるの!』
 どうやら女の子の母親らしい。女性は駆け寄り、女の子についた泥を払っている。
『転けたら、この子たちをつぶしちゃって……』
『だから母さんが持っておいてあげるって言ったでしょ』
『だけどぉ』
『つぶれちゃったのは仕方がないでしょ。それより、傷の手当てをしますよ』
『やーだー! わたしよりお菓子さんたちの手当てをしてあげてよぉ』
『馬鹿なことを言ってないで!』
 女性は女の子を抱え、歩き始めた。
『やーだー! お母さんの意地悪ー!』
 自分のことよりもつぶしてしまったお菓子に執着する女の子の気持ちがまったく分からなくて、オレは呆然と見送るしかなかった。

 そして次に見かけたのはどこかのコートを借りて、近隣の町内会対抗のドッジボール大会をした時だった。男子チームと女子チームに分かれ、オレたちのチームは決勝戦まで勝ち進んでいた。
 自分で言うのもなんだが、オレは小学生の頃からもてた。だから周りからちやほやされることには慣れていたし、それが当たり前な状況だった。
 オレの町内の女子チームは早々に敗退していたらしく、決勝まで進んだオレたちを応援にきていた。ほとんどがオレ目当てだったらしく、口々にオレの名を呼んでくれている。

「相変わらずもてるな」
「当たり前だろ」

 そんな会話をしていると、視界の端にぽつんと立っている女の子が見えた。ぼんやりとどこを見るともなく見ている、おかっぱ頭の取り立てて特徴のない女の子。女子の輪に入れないのかなとなんとなく気にはなった。普段ならそんなこと、思いもしないのに。そしてその女の子があのお菓子を気にしていた子だと気がついて、なぜか動揺したのを覚えている。
 決勝戦が始まり、女子はオレの名前を連呼している。ホイッスルが鳴り、試合が始まった。オレは夢中でボールを避け、取り、投げた。オレの活躍のおかげで押し気味だ。
 試合中だと言うのにふとした拍子にさっきの女の子が視界に入り、気になった。女の子は参加賞でもらったお絵かき帳を開き、必死になってなにかを描いている。さっきまでのぼんやりした表情ではなく、すごい真剣な表情で。
 思わず見とれ──ボールをぶつけられた。

「こら、巡! よそ見するな!」
「悪いっ」

 外野に出て、挽回するためにボールを投げる。しかし、まったく当たらない。また、視界の端に女の子が映った。
 女の子は必死に下を指さしている。
 ……下?
 オレはジェスチャーで下を指さす。すると女の子はうなずき、足を指し示す。
 ああ、そういうことか。
 オレは回ってきたボールを下から投げた。すると今度は面白いように相手に当たり始めた。オレが内野から外野に出たことで押されていたのが、内野に戻ったことで形勢逆転して──相手チームの内野全員にボールをぶち当て、見事に優勝することができた。オレはチームメイトと応援の女子に取り囲まれ、もみくちゃにされた。
 さっきの子は、だれなんだろう。女の子がいた場所に視線を向けたが、すでにいなくなっていた。いたらきっと、オレは駆け寄ってお礼を言っていただろう。その時に一緒に名前も聞けたのに。残念に思っていたが、疑問に対する答えは少し後に知ることとなる。
 校内写生大会が行われ、金賞だった子たちが朝礼の時、前に呼ばれていたのだ。その中にあの女の子がいた。そこで初めて、名前を知った。
 下瀬奏乃。
 オレの一つ下。
 おかっぱ頭のどこにでもいるような女の子。それなのに、気になって仕方がない。どうしてこんなにも惹かれているのだろうか。
 気がつくとオレはあの女の子を探して、見つけては目で追っていた。
 見ているとはらはらするほど鈍くさい。ぼんやりとしていて、とらえどころがないふわふわした感じ。絵が描くことが好きみたいで、いきなり立ち止まったかと思うとランドセルからノートと鉛筆を取り出して描き始める。その途端、それまでのほんわかした空気が急にぴんと張り詰めるのだ。ぼんやりしていた表情は引き締まり、視線は鋭くなり、ちょっとしたことも見逃さないと言わんばかりの表情になる。そのギャップにオレはますます目が離せなくなった。
 小学校にいる間、オレはなにかあるとずっと、奏乃を探していた。小学校を卒業して中学生になり、奏乃を目にすることがなくなってつまらなく思っていた。しかし、オレが中学二年生になったとき。奏乃が同じ中学に入学してきた。そして美術部に入ったと知り、近づきたくてオレも追いかけて入ったのだ。
 話してみると、これがまた、今までオレが知っている女たちとは違っていた。オレが近づくと女は喜ぶのに、奏乃は迷惑そうな表情でオレを見ていた。
 なんだこいつ、面白い。
 ちやほやしてこない女は初めてで、それが激しく新鮮だった。オレが近づくと迷惑そうな顔をしながらも拒否しない。そして、妙に無防備なのだ。近寄ればそれだけ近づける。妙に純粋で触れると穢してしまいそうで、怖くて近寄れなくなる。そこが危なっかしくて見てらんない。だけど目が離せない。からかうと面白いくらい、素直に反応が返ってくる。
 頬は驚くほど柔らかい。大きめな胸もどさくさに紛れて触れてみれば、ぷにぷにとしていて揉み心地が良さそうだ。とがらせる唇もかわいらしい。それってキスしろって言ってるようなもんだよななんて思いながら、気持ちをそらせるために口をつかんで遊んでみた。

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